“10年以上前のことですが、Rubyの開発者であるまつもとゆきひろ氏に取材したときに、「自分の子供にはプログラミングを教えていない」とおっしゃっていたと記憶しています。無理にやらせても好きになるわけではない、ということでしょう。親に押し付けられたものを子供が嫌がるのは、むしろ健全な反応です。”
“他人の話がわからない場合、以下の4点が原因になっているはずです。
(1)そもそも何について話しているのか「論点」が分からない
(2)結局何が言いたいのか「結論」がわからない
(3)どのような根拠があってそう言っているのか「理由」がわからない
(4)どうしてほしい(どうする)のかという「行動」がわからない そこで(1)から順番に「論点」→「結論」→「理由」→「行動」の流れで話せば、誰が聞いても伝わる話ができるようになります。
wonderous-world:

Chungcheong Province, South Korea by Helje

(出典: mftb)

highlandvalley:

hitonichi:

darylfranz:

大豆って万能すぎんだろw - ヒロイモノ中毒

枝豆も入れて欲しいかも!

小麦も万能だぞ。グラコロとか。。

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hitonichi:

darylfranz:

大豆って万能すぎんだろw - ヒロイモノ中毒

枝豆も入れて欲しいかも!

小麦も万能だぞ。グラコロとか。。

buzzfeedfood:

Done by a sushi chef in Tokyo

“学ばない者は人のせいにする。自分に何が足りないかを考えないから。
学びつつある者は自分のせいにする。自分に何が足りないかを知っているから。
学ぶことを知っている者は誰のせいにもしない。常に学び続ける人でいたい。”
三浦 知良 (via gleamy)

(出典: yukasi)

mmtki:

hdformat:

ukar:

do-nothing:

johnnychallenge:

kyokutyo:

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meltinpoint:

classics:

michi66f:

ampll:

sasapong:
Kunsthofpassage_Dresden.jpg










2010-09-03
“私は、もしかしたら寂しいまま年を取って来た女として、人の目に映っているかもしれない。けれども、私が寂しいと本当に感じるのは、にこやかに、通じない言葉で人と関わり合うことだ。”
山田詠美「無銭優雅」 (via see-you-cowboy)

(出典: booklog.jp)

ニュースを報じる時の国際的なルール
①アナウンサーがニュースのさわりと、取材した記者の名前を紹介
②記者が自分の文章を自分の声で吹き変えたニュースを実施(BGM、効果音一切なし)
③最後に記者が顔を出して自分の名前と放送局名(場合によっては所属部署も)を名乗る
これは世界のルール。たとえ嘘があっても責任の所在が明確だから

アメリカ

http://www.youtube.com/watch?v=mmrG7eLs-dQ
ドイツ
http://www.youtube.com/watch?v=Eyvn3-buPas
台湾
http://www.youtube.com/watch?v=c420Mfysr0A
韓国
http://www.youtube.com/watch?v=oxgjb0hg6aI&feature=related
フランス
http://www.youtube.com/watch?v=INIt4GXibIs
カタール
http://www.youtube.com/watch?v=GPKYn5A2Bs4

日本の、取材者も原稿書いた奴もあいまいで
茶化したBGMつけた「ニュース」と言う名のバラエティVTRは超危険すぎる
こんな逸脱した報道してる国は日本と北朝鮮くらい

日本のTVニュースは異常だよ
報道部の奴は世界のニュースを見ろ。異常さに気づけ

■だらだら残業をしない段取りと仕事を断る勇気

crawltowardsthemoon:

"millions of flower petals erupt from a volcano, covering an entire village"

how on earth

(出典: ghostparties)

mmtki:

2011-08-26

mmtki:

2011-08-26

(出典: hereisours)

「良いデザイン」は「○○だから良い」と理由を説明できない。

また、説明されるとしてもそれは全て感想であって再現性がないので科学とは言えない。


つまりデザインの説明からは、可逆的ではない感想しか引き出せない。


それに比べると、カメラの性能は「1000万画素だから良い」と説明できるし、これが説明できることによって、1000万画素が2000万画素になれば単純に二倍の性能になった、と誰でも理解できる。つまりこの説明は可逆的である。


ところがそのカメラで撮影した写真が「良い写真」なのかどうか、誰も説明ができない。

写真にもセオリーがあり、構図の三分割法とか、適正露出とか色々だが、そうしたセオリーを忠実に守るだけで「良い写真」に近づくのは事実だ。


しかし本当に「良い写真」というのは、しばしばそのセオリーを崩したところで生まれたりする。

それを「良い」と思う感覚質は、可逆的な説明をすることができない。


そのとき僕は電通で重役秘書をやっていた、という女性と食事したときの会話を思い出した。

彼女は仕事柄、上司について出張に同行することが多いのだと言う。


結果として世界中、さまざまな企業の経営トップと会うことになったが、会社によって応接室やショウルームといったものに経営トップの個性が非常に出るのだと言う。


彼女曰く、「応接室を見ればその会社の質が解る」というのだ。


ある大企業の応接室は、彼女に言わせれば「貧乏な田舎者が考えた、”都会のお金持ちの生活”」なのだという。超一流の家具で揃えられ、明らかにお金が掛かった応接室だ。しかしその配置や、使われ方が「いちいち貧乏臭い」のだという。

また別の中規模の企業の応接室は、「素晴らしいホスピタリティに溢れた最高のエクスペリエンス」なのだという。その会社はあまり有名でもないし、規模が大きいわけでもないが、ある部品の製造では世界トップの品質なのだという。応接室に使われている家具はさほど値段の張るものではないが、部屋に入って来たときの導線から、在室中、お客様が快適に過ごせるようにあらゆるモノの配置を考え、配膳されるお茶の内容にまで拘った素晴らしいものだったと。


この話は僕に大きな衝撃を与えたし、興味をそそられた。

「それは素晴らしい知見だ。一体どんな文献を読めば、あなたのいうようなことが解るようになるのか」と思わず聞いてみて、それから「しまった!」と思ったがあとの祭りだった。



 「あなたバカじゃないの? 本を読んで覚えようなんて発想が、そもそも貧相な田舎者。いい?それを知りたかったら、自分でお金を払って、一流の家具やサービス、ハーマンミラーイームズや、ファーストクラスや最高級のスイートルームを体験する。それが一流と呼ぶに相応しいものかどうか、自分で判断するのよ」



ガーン、だった。

僕は飛行機はエコノミー派だし、ホテルなんて寝るとこさえあればいいや、とそうした無駄に高いサービスを体験することを避けていた。


しかし、そのやり方では、「一流のもの」を見抜く感覚は永久に育たないと思ったのだった。

megazal:

Fireworks Over The Bridge Called “α-BASHI” (via M.UEMURA…Thank you for 1,500,000+ viewings)